ボクのニックネームは、

「ターナー」

です

 

ターナー!!!

 

なんです。

 

ターナーです!と宣言してから、行く先々でターナーってなんですか?

と聞かれるようになりました。

ですので、

なんでターナーなのかを今日は発表いたします。

 

 

えっとですね、

ボクは絵画が好きです。

ターナーとは、

その画家の名前です。

 

「ジョセフ・マロウド・ウィリアム・ターナー」

 

イギリスを代表する画家です。

 

今現在の評価は、イギリス史上、最高の画家と言われています。

 

ボクはこの人以上の画家は未だ現れていないと思っています。

今後もこの人を超える人は現れないであろう、そう思っています。

ボクが一瞬で虜になってしまった画家です。

 

もしこの人が生まれていなかったら?

日本でも絶大な人気を誇る、フランス絵画である

「印象派」

が存在しなかった可能性があるくらい、影響を与えた人物です。

ボクの好きな印象派では、

「ジャン・クロード・モネ」

あの吸い込まれるような風景画は、多くのファンがいますよね。

彼が印象派という文化を作るきっかけを与えたのが、

ターナーと呼ばれています。

 

このターナーは、今でこそ最高の画家と評価されてますが、

生前はまったく評価されていなった。

ホントです。

彼の死後、アトリエに残されていた絵を誰も理解できなかった。

完成した作品なのか、未完成だったのか?それすらも理解できなかった。

それくらい、彼はあまりにも先を行き過ぎていた人だったんです。

 

ターナーは、1775年に理髪店に生まれます。

その後彼は20代で英国ロイヤルアカデミーの正会員となるんです。

簡単に言えば、将来を約束された超エリートコースの流れに乗るってことです。

当時のイギリス絵画は、写実主義といいます。正確な描写を描くことこそが絵画のすべてでした。

この時のターナーはまさにその王道をいくすばらしい作品を残していたんです。

これはこれですばらしいです。

根本的な画力がハンパなくて、パースの取り方から、構図、陰陽のつけ方すべてにおいて文句の付けようがないです。

まさに成功者です。

 

と、ここまでは物凄く評価されていたんですね。

 

 

しかし、転機が訪れるんです。

当時、イギリスの画家たちのあこがれの場所がありました。

 

「イタリア」

 

だれもが憧れていた場所です。

時に1819年、

ターナーが44歳の時に初めてイタリアに訪れます。

ここがターニングポイントになったと言われています。

イタリアの風景、景色、その色彩に衝撃を受けます。

 

ここから、彼の作品が急速に変わります。

イノベーションですね。

 

それまで、写実主義としての画家から、それまでだれも描いてこなかった作風に変わっていきます。

光りと影、鮮やかさを増す色彩、写実から抽象。

 

彼は1839年、64歳にしてロイヤルアカデミーを辞職してしまいます。

そして、自分の描きたい作風に没頭し始めました。

そして、その作品は誰からも評価を受けることは無かったのです。

それまでの誰も描いたことのない絵だからです。

誰もまったく理解出来なかった。

彼は晩年まで、作品をアカデミーに出品していました。

若き画家たちに交じり、老人となったターナーを馬鹿にしていた画家たちも多かったそうです。

でも彼は幸せだったんでしょう。

自分の好きなことをしていたんですからね。

 

 

彼の傑作の一つ

1840年ごろの作品

 

「ノラム城 日の出」 

 

ノラム城は好んで作品を残していますが、この作品が、その後ある人に多大な影響を与えます。

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それが、

 

ジャン・クロード・モネです。

 

彼はこの作品に多大な影響を受けたといわれています。

印象派が生まれたのが、

 

1872年11月13日

 

師匠のブログに正確な日付が載ってます↓

印象派はいつ生まれたのか?

 

そう、モネの作品

「日の出」

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※師匠のブログから抜粋

 

彼の作品が生まれる30年以上前の作品が「ノラム城 日の出」です。

もし、モネがこのノラム城を見ていなかったら?

また、モネは自分でイノベーションを生み出したのではなく、

この作品から、印象派としてのインスピレーションを受けたと解釈すべきだと思っています。

 

本当にすごい人です。

あまりにも先に進みすぎて、当時だれからも評価どころか相手にもされなかった。

そんな作品がものすごく好きなんです。

不思議なもので、今ではイギリス史上最高の画家ですからね。

今から150年以上前に生まれてなお、いまだ誰も追いつけない画家。

 

ボクが名乗るのがおこがましいですが、

ぼくのニックネームは彼からいただいて、

 

「ターナー」

 

なのです。

IMG_0433

 IMG_0434

 IMG_0435

 今回ようやくターナーと名乗る理由を記事にしました。あえて引き延ばしていました。すいません。

 

 長々と書きましたが、それだけ大好きな画家なのです。

もっと詳しく知りたいかたは、「ターナー」で検索すれば沢山出てきますよ。

 

ということで、

 これからも、ターナーの名に恥じることなく、精進してまいります!

これかも引き続き、ご支援ご鞭撻をよろしくお願いいたします!

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「私の役割は、オーダースーツによって自信をつけていただき、成績をあげていただくこと」 をミッションに掲げ2014年11月創業する。 独自の採寸には定評があり、また圧倒的な提案力でその人の魅力を最大限に引き出すことに全力で取り組んでいる。 土方が生み出すスーツは、スペックやブランド至上主義のオーダー業界とは一線を引く、「体験」を売る独自の手法をとる。 オーダーをすることの工程そのものを楽しむことから始まり、完成してからも楽しめるのが特徴。 ココアッソは手間のかかるオーダー屋です。そのかわりに、あなたの気分がよくなる、あなたの成績がよくなる、あなたの評価がよくなる、そんな一着を仕立てる。を口癖にしている。